今はまだ子供が小さいので無理だけど、いつか必ずめぐりたい世界遺産。その数々を紹介しちゃいます。

今はまだまだ子供が小さいので、旅行もままならないけれど、
子供が大きくなって手を離れたら、大好きなダーリンと
世界遺産をめぐる旅に出かけるのが私の夢。
そのための下調べとして、このブログを立ち上げてみました。
世界遺産に興味のある方とお友達になれたらもっと嬉しい。


ではでは世界遺産めぐりの旅、お楽しみ下さい

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
tybona.jpg


ティボリは、ローマの東約30kmにある丘陵にある町。

穏やかな気候と豊かな森に囲まれ古代ローマ時代から上流階級の

保養地であった。

ハドリアヌス帝は、ローマ帝国の広大な帝国の属州を旅した。

118年、旅で魅了された風景を再現した別荘の建築をティヴォリで

始めた。

おおむねの完成をみたのは134年といわれる。

ハドリアヌスが死亡すると、ローマ皇帝たちはこの別荘を

使用することはあまりなくなったが、それでも別荘の拡張は

続けられた。

以後、廃墟となったが、15世紀ごろから発掘される。

発掘には、同じティボリにデステ家の別荘の設計を任されていた、

ピーロ・リゴーリオなども発掘の指揮をとっていた。

現在でもエジプトを模したPecile、やギリシャを模したCanopoなど、

それぞれの土地の建物や風景を再現した庭園が残る。

別荘の建物の数は30を越え、敷地の面積は、1.2km²に及ぶ。

運河や浴場まである。


洞窟の住居ってすごくないですか?

mate-ranodoukutu.jpg



サッシ(岩壁を意味するサッソの複数形)とは、洞窟住居のこと

である。

マテーラのあるグラヴィナ渓谷は石灰岩を侵食により造成され、

渓谷にはこのサッシが何層にも重なって存在している。

このサッシがいつ頃から作られたかは不明だが、8世紀から

13世紀にかけて東方からの修道僧が住み着き、130以上、洞窟住居を

構えていたといわれている。

マテーラ周囲からは、旧石器時代の出土品も発見されているため、

かなり古くから人々が住んでいたと考えられている。

15世紀から16世紀には、オスマントルコに追われたアルバニア人や

セルビア人などが移住。

当時マテーラを支配していたアランゴーナ家は、この地域を

ジャンカルロ・トラマンターノ伯爵に売り渡す。

トラマンターノ伯爵は、マテーラに重税を課すが、住民はこれに

反発し伯爵を惨殺する。

その後、マテーラはその後1663年にバジリカータの州都となり

繁栄期を迎える。

しかし1806年にポテンツァに州都が移され、その後の経済逼迫の

影響もあり衰退していく。

その後長らく小作農民の住居であったが、サッシは南イタリアの

貧しさの象徴的な見方がなされてしまう。

その評価を気にしたのかイタリア政府は、第二次世界大戦が

終わった1952年から住民は移住を命じられ廃墟となった。

現在は一部修復してサッシに暮らす人も存在するようになった。

また、サッシを利用したホテルも開業した。

アクセス

ローマからマテーラ行きの長距離バスが出ている。

所要時間約6時間。

またナポリからもマテーラ行きのバスがある。

新市街から見下ろせる位置にある。
デル・モンテ城

ヨーロッパのお城は、日本のお城とはかなり違っていて、

興味深いですよね。

derumontejou.jpg



カステル・デル・モンテ(Castel del monte)はイタリア南部

プーリア州アンドリアにありサンタ・マリア・デル・モンテの

近くに位置する。

イタリア語で、「カステル」が城、「モンテ」が山で「山の城」を

意味する。

このことからモンテ城、デルモンテ城とも和訳されている。

丘の上にぽつんとたつ美しい城で八角形を象徴的に取り入れており、

全体が八角柱なのはもちろんのこと、各角には八角形の小塔が

そびえ、中心部にはやはり八角形の中庭がある。

イタリアのユネスコ・世界遺産(文化遺産)の一つになっていて、

1ユーロセント硬貨の裏面にもなっている。



この城は軍事上でも居城でもなく別荘または客をもてなすために

使用されたと考えられている。
今度はヨーロッパへ飛んでみます
やはり、ここは是非、見てみたいですよね




ピサの斜塔 (Torre di Pisa)は、イタリアのピサ大聖堂の鐘楼で

あり、観光スポットである。

1173年8月9日の着工時には垂直であったが、13世紀には傾いて

いることが発覚した。

高さは地上55m、階段は297段あり、重量は14,453t、地盤にかかる

平均応力は50.7tf/m2と見積もられている。

現在の傾斜角は約5.5度で、傾斜の進行は止まっているそうである

紫禁城


北京と瀋陽の明・清王朝皇宮(ぺきんとしんようのみん・

しんちょうこうきゅう)は、中華人民共和国にあるユネスコの

世界遺産(文化遺産)に登録された遺産名である。1987年に登録

された北京の故宮博物院は世界最大の皇宮で、明と清の24代に

わたる皇帝の宮城であった。

また、2004年追加登録された瀋陽の瀋陽故宮は清の前身・後金の

皇帝ヌルハチとホンタイジの皇宮ならびに清王朝の離宮であった。